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平成年22度 ごあいさつ
浜松医科大学耳鼻咽喉科学教授
日耳鼻静岡県地方部会長 峯田周幸
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五木寛之の「親鸞」を読んだ。ベストセラーであり書店に高く積んであったのを、さりげなく立ち読みし、面白そうなので買ってきた。非常に明解な内容で、漫画チックな展開も随所にあり一気に上下巻を読破した。幼少時の忠範の頃、鴨川の川原での反権力者の大人たちとの出会いが全編に登場する。範宴、善信、親鸞と成長してゆく中で信仰を深めてゆくストーリーは、勧善懲悪の単純なサクセスストーリーであっても、なかなか楽しい読後感であった。新潟に流されるまでの話であり、その後京に戻ってからの話や法然との違いは全く書いてない。少し親鸞の本がないか本屋をのぞいたら、びっくりするぐらいの親鸞の本が最近でている。今は親鸞ブームらしい。景気の悪さ、将来の不安、すさんだ事件の多さなどを反映しているのだろうか。
15〜16年前、バングラデシュから喉頭全摘出の手術を受けに来た(知り合いが浜松医大に留学中であったため)患者さんに、退院時に電気喉頭をプレゼントした。いきなりアッラー、アッラーと声を出したのには驚いた。普通ならアーとかウーだと思うのだが、患者さんは毅然とした態度で西に向かって(きっとメッカの方向だろう)お祈りをした。宗教の深さに驚嘆すると同時に医療の小ささに愕然とした記憶がある。もちろんその患者さんはお祈りが終わると、サンキューと手を差し出してくれた。そんな遠い昔の記憶がよみがえってきた。
医療は治るものしか治せない、もっと多くを救えるのは教育であり、さらに多くを救えるのは宗教である。どこかで読んだ文章である。しかし外来に来た患者さんに、いきなり念仏を唱え浄土往生間違いなし、などとやったら確実に始末書だろう。自分たちのフィールドの中で力を発揮し、せめて治る病気は治さないと使命が果たせない。しかも制約された時間の中で結論をださないと患者さんは喜んでくれない。
そんなことを考えてから、いつも以上に外来が楽しく思えるようになってきた。いたって単純な性格のようである。別に崇高な宗教書でも哲学書でも読んだ訳ではないのに、まして実家の宗派すらよく理解していない私が、こんなことを考えるとは。乾燥しきった心であったのだろう。忙しいときにこそ、時間を見つけて雑学を肥やすのも人生の息抜きなのかもしれない。生身の人間と真剣勝負をしなければいけない医師であればこそ、自分の立つ位置を考える時間をとることも必要であろう。とりあえず、親鸞に感謝、五木に感謝。 平成22年4月
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